2013-03-26
春の釘と羊とそいつ
そいつが現れたのはちょうどその羊が引越し作業をしているときだった。
羊はこの春に新しい家へ引っ越してきたばかりだった。
新生活にわくわくしつつ部屋に荷物を運びこみあとは壁を整えるだけだ。
羊は壁に大きさはさまざまな10枚ほどのポスターを貼ろうとしていた。
そのポスターはすべて円形でどんな風に上下を変えてもすべて同じ模様に見えるものだった。
(この世界の羊は必ず部屋に10枚の大きさはさまざまで円形でどんなに回しても同じ模様に見えるポスターを貼っている。)
あらかたの配置を決めた羊はいざ壁に張ろうとしてはたと気づく。
“壁に貼るには貼るための何かが必要じゃないか。これはしまった。”
ちょうどそのことに気づいた瞬間玄関のベルが鳴り、そいつがやってきた。
羊は玄関へ向かいのぞき穴をのぞいたが、穴の向こうは真っ暗闇で何も見えない。
仕方がないのでドアを開けてみるとそいつはのぞき穴に右手の中指を突っ込んで左手をヌッと羊に差し出す。
“これをつかうんだ。10本用意した。これで十分だ。キミには贅沢なぐらいだ。ちゃんと10本すべて使い切るんだぞ。”
羊はうなづいてそいつの手から10本の釘を受け取った。
釘は直径が1センチほどあり長さは10センチほどあった。
“ありがとう。ではまた。”
そういって羊はドアを閉めて鍵をかけた。
再びのぞき穴をのぞいてみると家の前の道が見えた。
そいつはもはやどこにもいなかった。
羊はポスターを貼るための壁に戻って一番大きな円を手に取った。
円の中心を見定めるために半円に折り、伸ばしてまた別のところから半円にした。
壁に円をおさえ釘を真ん中に当てて打ちつけようとしてはたと気づく。
“釘を打つには打つための何かが必要じゃないか。これはしまった。”
ちょうどそのことに気づいた瞬間玄関でゴトンと物音がした。
羊は玄関へ向かいドアの前に駆け寄った。
ドアの前にはハンマーが落ちていた。
羊がのぞき穴をのぞこうとするとドアの向こうからそいつの声がした。
“それをつかうんだ。1つしかないから壊すなよ。羊にハンマーを渡すなんてこれで最後にしたいんだ。わかってくれよな。”
羊は礼を言ってハンマーを拾い上げポスターを貼るための壁に戻った。
そうして羊はそいつがもってきた釘とハンマーで円形のポスターを壁に貼り終えた。
“ようし。これで一通りの生活が送れる。釘も太くて頑丈だし向かうところ敵なしだ。ははっ。”
羊は陽気に台所へ向かいお茶を沸かした。
“折角だしポスターを眺めながらお茶を飲もう。”
お茶をお盆に載せその部屋に戻ったときにはハンマーはどこかへ消えていたけど、羊はずうっと気づかないままだった。
“明日はきっと晴れるから桜の花でも見に行こう。”
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