2013-05-11

琥珀色の液体と午前5時47分。


ロの状態から少しずつ少しずつ限りなく1に近づくようにゆっくりと目覚めた。
そこは見知らぬ部屋だった。

その部屋の中は静かなものだった。
時折、奥のほうから台所で洗物をしているような水音と静かに食器がぶつかるような音が聞こえてくる。
台所のようなものがあるのだろう。
だがその部屋の光が見えることはない。
ただ遠くから洗物の音が耳を眠らせないために必要最低限の音を発している。

その部屋は薄暗く濃紫色の光で照らされている。
部屋には丸いテーブルがありそのまわりに椅子が5脚ある。
そのうちの1脚に座りテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。
テーブルの真ん中には皿に盛られた臭橙の串切りが皿に乗るだけ盛られている。
ただ切って、ただそこに置いただけというような盛られ方だ。

その部屋は薄暗く濃紫色の光に照らされていたが部屋の中はどことなくさわやかな雰囲気が漂っている。
常に新しい新鮮な空気が流れてきて古い空気は流されていくのだ。
テーブルの真ん中にある黄緑色の臭橙はその部屋のさわやかさを一心に集めたかのようにそこにあった。


を待っているのかは自分でも分からないが何かを待っているという感覚だけはある。
待っている途中で寝てしまったのだ。
しばらく椅子に座って待っていると部屋の奥のほうから2~3人の見知らぬ人が現れた。
彼らはゆっくりとテーブルに近づき椅子に座る。

こちらは彼らを待っていたわけではないと感じた。
彼らもこちらに会いに来たわけではないようだ。
そして彼らも何かを待ちに来たのだ。


ばらくして手のひらで握ってしまえるサイズの小さなグラスが運ばれてきた。
待っていたのはそのグラスなのかそれとも全く別のものなのかよくわからなかった。
後からあらわれた数名もそのグラスを待っていたのかそれとも別の何かを待っていたのか計ることは難しかった。
部屋は薄暗く表情というものがよく見えないのだ。

グラスの中には琥珀色の液体が注がれており淵の3分の1ぐらいには食塩が塗り固められていた。
隣に座っていた男が“これを飲むのは初めてかい?”と聴くので黙ってうなづく。
“気をつけたほうがいい。あまり一気に飲もうとしないことだ。”と男は言った。

その場にいた者たちがそのグラスの中の液体を前にどんな表情をしているかはおろか飲んでいるのかただ眺めているのかは覚えていない。
気にしようとも思わなかったし隣の男を除いては誰もこちらを気にしているようには思わなかった。
おそらく周囲を見ようと思えば見えたのだろうが琥珀色の液体をどうすればいいのか分からないなりに分かっていた。

その琥珀色の液体に対して大きく惹かれていたわけではなかったしあわてる必要はないということは感じていた。
だが周囲から見ると私はその液体に大いに惹かれ、どこかあわててその液体を自分のものにしようという雰囲気を漂わせていたに違いない。



して私はその男の忠告を無視した。
無視せざるを得なかったという方が正しいように思う。

小さなグラスのなかの琥珀色した液体を一気に飲み干そうとした。
しかし私はとても小さなそのグラスに入っている液体の10分の1も飲み干せないままグラスをテーブルに置くことになった。

グラスをクッと傾け口の中に液体を入れた瞬間、自分と自分の肌に触れている空気の間に10cmほどの隙間があき、離れられるはずのないものが離れたことにより空気が肌に再び戻る衝撃で私は床に倒れた。

耳の奥から外側に向けて何かが通り抜けていく感覚があり、キュイーンと音を立てた。
数秒間目もあけられず口もきけなかったがしばらくすると元の感覚に戻り椅子につかまってよじ登り、なんとか座った。

隣の男が笑いながら肩を叩いた。
“だから言っただろう。一気に飲むモンじゃないって。それに順序ってもんがなってないんだよ。テーブルの真ん中に臭橙があるだろう?あの臭橙をグラスに絞って、淵にある塩を舐めてから飲まないとなんないんだ。まったく。良くもまぁ生きて返れたな。”

なんだそういう事かと思うと同時に、耳から通り抜けたものの正体について考えていると再び眠気が襲ってきてまたテーブルに突っ伏して眠った。






そして私は、目覚めた。
2013年5月11日午前5時47分のことだ。

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