アルバイトを終え、コンビニに立ち寄っているうちに雨が降り出した。
午後4時以降の降水確率は90パーセントというその日の天気予報通りだ。
ただし降り方までは当たらなかったらしい、小雨の予定が土砂降りの雨である。
予報なんて当てにならないとは思っていながら、傘を持ってきてはいない。
いや、予報なんて当てにならないから傘を持ってこなかった。
雨が降っていることにコンビニの店員が気づき、店の入り口にマットを敷く。
雨に濡れて入ってくる客の靴で店内を汚されないように。
そしてレジの裏の部屋からゴミ袋に入った無数の傘を持ってきて入り口の傘立てに入れる。
その店員の行動が一体何を意味するのか分からない。
私は缶コーヒーを買うついでに、何故店員は店の奥から傘を持ってきて傘立てに並べるのかときいた。
「あぁ。傘を持ってきてないお客さんが持っていっていいようにっス。それに傘立てを埋めておけば、持ってきた傘を置きっぱなしにして帰っちゃうお客さんも減るんスよ。」
若い金髪の店員が言う。
忘れられる傘と、持っていかれる傘の中には数本だけ婦人用の花柄のものが混ざっているが、ほとんどは透明のビニール傘だ。長さこそすべて同じではないが特徴はない。
その中の一本をもらい、私は近くにある牛丼屋に入った。
全国チェーン店の牛丼屋というのはどの店に行っても似たような特徴をもつ。
まず店員たちは通常人が歩く速さの4倍ほどの速さで歩く。
(それはもはや走った方が楽なように見える。)
さらに客が店に入り椅子に座った途端オーダーを取りにくる。
世の中には時間に追われ、ゆっくりはおろか普通に飯を食べる時間のない種類の人が多くいるらしい。
牛丼屋にせっかちな店員ばかりいるのはそのような人たちをターゲットとして営業している店であるからだ。
オーダーを取りに来るのが早すぎるのは、その店には牛丼以外のメニューはほとんどないからである。
あって味噌汁ぐらいのものだ。
せっかちな店員を除けば味も値段もそこそこであるので私はごくたまにそういった店を利用する。
椅子に座りオーダーを済ませ、牛丼が来るまでの間と(その間もまた恐ろしく短いのだが。)牛丼が来て食べ始めてからの間、私は傘のことを考えていた。
世の中には一体どのくらい無色のビニール傘があるのだろう。
きっと日本の人口よりも多い。
ビニール傘が雨の日以外に買われることはそうない。
大抵は雨が降ってきたとき傘を持っていなかった人が買うものだろう。
そうしてその場しのぎに買われたビニール傘は、雨が上がり晴れ渡った空のインパクトに負け、人々からあっけなく様々な場所に置き忘れられる。
コンビニ、バスや電車の車内、病院、学校、などなど。
そしてそのまま次に雨が降る日を待つことになる。
ビニール傘にとって雨は突然であればあるほどいい。
天気予報師さえ見逃すゲリラ豪雨などは特にうってつけである。
とにかく人々が傘を持ってきていない時の雨により、そのビニール傘たちは再びその透明な花を人間の頭上に咲かすことができるのだ。
だがビニール傘はもろい。
強い風にあおられればすぐにラッパ傘となってしまう。
ただの鉄の棒とビニールになり、捨てられる。
ともあれたった今、無数のビニール傘の中の一本が壊れて捨てられることなく、人の手と傘立ての間で濡れたり乾いたりを繰り返し、なんとか私の手に渡ってきたのである。
傘が作られてどのくらい経つのか、それを語る術さえ持たないほど特徴のないビニール傘であるが、そんな物にさえ、抱えている今があり、それなりの重みがあるように思われた。
牛丼屋は私が入った時よりも込み始めていた、仕事帰りのサラリーマンや部活帰りの高校生たちが雨宿りのついでに入ってきたのだ。
テイクアウトを注文し、待っている客、会計をするべくレジの前で待っている客もいる。
店員は3人いるが少々手が足りないようだ。
(店員は相変わらずせかせかと歩いているが。)
牛丼を食べ終えた私は店内の様子をうかがっていた。
忙しそうにしている店員を私が会計に向かうことでさらに忙しくさせることは気の毒に思われた。
今座って待っている客が牛丼を食べ始めればオーダーを取る行為は止み、ひと段落するだろうと思い、その期を待っていた。
しばらくして会計を済ませ、私は自宅に帰った。
私が牛丼屋にビニール傘を忘れたことに気がついたのは、自宅のドアを開けた時だった。
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