2021-01-06

オレンジ、遺書、藤の花



久しぶりに渋谷で会った和葉は突然私に

  

「今はポエムだよ。ポエム」


と笑顔で話していた。

カフェラテのクマが潰れた顔でこっちを見ている。

彼女は幼稚園と小学校が同じの友だちだ。

 

「和葉は美容師の国家資格持ってたんじゃなかったっけ」

 

と聴くと

 

「あるけど、詩を書いてるんだよ」


と言う。

 

ミュージシャンならわかるでしょ、

と言われ、

意味はわかるけどさ、

としばし考えていた。

 

和葉は私とお茶したあと、

馴染みの美容院で髪を切ると言う。

ゆりちゃんもどう?と言われ、

ついて行くと、

そこは私が数ヶ月前まで通っていた美容院だった。

 

 

新しいウイルスの登場により

わざわざ渋谷にまで髪を切るために通うのは

憚られるようになり行かなくなっていたその店。

いつもの担当者にアシスタントでついていた人が

私を担当することになる。

 

久しぶりですね、

などと話をしてカットを終えると、

女性が近寄ってきて

 

「今日21時以降時間ありますか?

チーム対抗でどこが一番綺麗に髪を染められるか

競うんですが、

モデルさんが見つからなくて」

 

と言う。

 

 

特段予定もなく

髪を染めるのも抵抗のあるタイプではなかったので

快諾してしまった。

 

ここ数ヶ月

何色にも染めることなく維持してきた黒い髪を、

特に深い思い入れもなく染めることになる。

少しだけやめようかなという気持ちにもなったが、

もうOKしてしまった。

断るにはタイミング的に遅いと思った。

 

 

美容室では以前とは少し違う空気が流れていた。

私が通っていた頃は、

オーナーを中心にして世界が回っていたが

今はいくつかの派閥に分かれて

競い合っているような感じがする。

ぼんやりそんなことを考えていると

和葉が近寄ってきた。

すっかりショートカットになっている。

 

「ゆりちゃんも染めるの?何色?私も染めることにした」

 

 

  

そういえば色は決めていない。

担当した美容師がいたので話しかける。

 

「カラー剤を見てきたんですけどオレンジになると思います。

大丈夫ですか?」

 

と聞かれ、

そのような色にしたことはないけど

まぁ大丈夫だろうと答えた。

 

 

オレンジ。

オレンジかぁ。

 

 

 

 

 

 

近頃若者の間ではエルボーカートというのが流行っている。

肘を地面につけて磁力で少し浮いた状態にし

滑って前に進むのだ。

(姿勢的にはクランプに似ている)

都心ではそこらじゅうが磁力を発する道になっており、

どこもかしこもかつてのスケートボードよろしく

人々が肘で街を駆け抜けている。

  

 

今日も私はエルボーカートで街を散策していると、

小さな雑貨屋を見つけた。

入ってみると中にはあまり物がない。

これは間違ったかなと思い外に出ようとした時、

店主らしきおじさんがいらっしゃいと話しかけてきた。

 

 

帰るに帰れなくなった私は導かれるまま2階に通される。

ニコニコしながら

「ゆっくりしてってね」

と紅茶を出してきたおじさんの顔をやっと見てみると

彼は小日向文世にそっくりだった。

 

 

なんとなく私はここ最近思っていることを

この人に話そうというような気になって、

3畳分くらいの空間の角に座りながら

その対角線上にいる小日向似のおじさんに話しかけた。

 

25年後に公開される設定にして、

ブログか何かに遺書を書こうかなと思ってるんです」

 

小日向はニコニコしたまま

「遺書ですか。死ぬんですか」

と聞いてくる。

 

私は少し考えたのち

「はい」

と答えた。

 

「ブログとかだと未来の日時を設定して

公開を予約することができるので。

それを使って、

みんなが私が生きていたことを忘れた頃、

私が死んだってことが

静かに公開されるようにしようかなと思って。

そうすれば、

みんなはじわじわと

私からきちんと離れてしまったあとだろうから。

実は25年前に私が死んでいたことを知っても

そんなに傷つかないと思うし、

仮に急に連絡が取れなくなって

傷ついていた人がいたとしても、

25年前に私がすっかり連絡が取れないところに

行っていたことを知れば

傷の痛みも少しはおさまる気がして」

 

小日向はこちらをみながら少し困ったように笑っている。

そりゃ困るよな。

 

私は机の上にあったナプキンで手を拭いて

それをゴミ箱に捨てた。

 

正確に言えば、ゴミ箱に見えた箱に投げて入れながら

 

「これ、ゴミ箱ですか?」

 

と小日向に聞いた。

 

 

小日向は笑いながら

 

「それはゴミ箱じゃない。ジャンの部屋だよ」

 

と言う。

 

 

私は反射的にそれはいけないと思い、

箱に投げたゴミを拾い上げて

 

「ジャン、ごめん」

 

と箱に向けて謝った。

 

 

箱からジャンが顔を出す。

茶色いふさふさのうさぎだった。

 

 

ジャンの入っている箱ごと私は持ち上げて、

 

「ジャン、なんでこの箱にはいってるの」


と話しかける。

ショートケーキが4つ入るくらいの白い紙の箱だった。

 

 

小日向がわざと高い声を出しながら

 

「僕はこの箱の中でしか生きられないんだよ!ワンワン!」

 

と言うので私は笑って箱をそっと床に置き直した。

 

 

⭐︎⭐︎

 

 

私は紅茶を飲み干し、

隣のビルの地下にある居酒屋に入る。

花壇くんと待ち合わせをしていた。

彼も小学校まで同じだった友だちだ。

 

花壇くんは来月、

大学で知り合った彼女と結婚するという。

お祝いに2人で飲むことになったが、

なぜわざわざ2人でなのかは

よく考えるとわからない。

 

1人ぼーっとしていると

机の上にどんどん食べ物が運ばれてきた

漬物とか、重箱に入った何かとか。

いろいろ。

 

全て運び込まれて机がいっぱいになった頃、

彼は現れて

 

「ビール2つお願いします」

 

とカウンター越しに言っていた。

私が何も飲んでいないことが

なぜ分かるのだろう。


私は漬物を食べようとしたけど、

箸をつける前に

皿がひっくり返ったので諦めた。

 

花壇くんがテーブルに現れる。

当たり前に背は高くなったけど、

顔はそのままに近い。

何となく立ち上がって握手する。

胡散臭い人のフリをしてみる。

漬物の皿が元に戻り漬物たちも元に戻った。

 

「ひさしぶり」

 

あんまり人生を振り返りたい気分でもなかったし

静かに酒を飲んだ。

花壇くんもこっちも

そんなに口数が多い方でもないので

十数年ぶりに会ったわりに話がない。

 

 

「鬼滅の刃見た?」

「見た」

 

 

「藤の花がめっちゃ咲いてたじゃん」

「咲いてた。虹小みたいだったね」

「だよね」

 

 

半ば私はそれだけを確認しにきたような感じだった。

虹小というのは私の出身の小学校なのだけど、

その校門のすぐそばに藤棚というのがあって、

季節が来ればそこは藤の花が咲き乱れていた。


鬼滅の刃を見た方はわかるだろうが

あの物語の中で藤の花は

比較的役立つ花として登場する。

咲き乱れている風景は

自分たちの小学校のその一角を思い出させた。

 

 

「たぶん日本中の学校によくあるんだろうね。

藤棚って。

あの学校に限らずさ」

 

 

私はそんなことを考えたまま発言した。

 

 

「どこにでもある。なるほど。そうかもね」

 

 

花壇くんは何となく悲しそうな顔をしていた。

漬物の皿がまたひとりでにひっくり返った。

 

 

自分たちは自分たちの記憶こそを大事だと思って、

思い出とかそういうのをひどく大事にしがちだけど、

きっと実はみんな

同じようなことを考えていて

タイミングがあったりあわなかったりで

元気になったり逆になったり

繰り返してるだけのことなんだよね。

 

 

 

「果たせなかったことを、

長いこと根に持って、

果たしに来れる時代でよかったよ」

 

 

 

彼が何を果たしにきたのかは忘れてしまった。

 

 

 

2021/01/0506の夢

 

 

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