2018-04-22

午後10時30分にカジヒデキの音楽を聴くことは、私の世界を何色に染めるのか。

 
ここ数日、もう日中は春よりも春めいている。
私の心境とは裏腹に。
 
昨日は、1984年にTM NETWORKのRAINBOW RAINBOWが発売された日だった。
私は2018年1月のショックから、恐らく未だに立ち直ることができていない。
 
2016年ごろからの記憶がとても曖昧だ。
理由はわかっている。
とても明確な理由だ。
 
ところが私はそのことをFacebook以外の場所で公言していたかどうか覚えていないので、ここに書くのを控えようと思う。
実際にあった人には比較的あっけらかんと話している。
もしかするとライブのMCで言ったかもしれない。
しかし、Twitterなどで明言したか覚えていない。
していないような気がする。
していなくてもバレバレの可能性もあるのだけれども。
 
この「明確な理由」について、私がウェブ上で今後文字として書くことは
(少なくとも今は)
ない。
 





 



話は変わる。
実は4月の頭からFacebookに音楽活動に付随した投稿以外の、徒然なる日々的な書き込みを一切しなくなった。
元々あのSNSでは「実際にお会いしたことのある比較的親交のある友人」としか繋がっていない。
とはいえ1000人近くの友人がいるわけだが。
 
私がそこにむやみな投稿をしないと決めたのは、「それによって非常に疲れている」自分に気が付いたからである。
何故疲れるのかはわからない。
 
1000人いるからではない。
逆に、1000人しかいないからではないか。
 
このブログだけはいつも自由だ。
常に、真新しい自由帳のように、ヨレることなくただそこにある。
私は何だって書き込むことができる。
 
このブログの読者登録数は1だが、それ自体は特段重要ではない。
1投稿当たり毎回200人ぐらいが読んでいるようだが、それも重要ではない。
 
ただこの頁の空気が私にとって清らかであることだけが、たいせつなことなのだ。
 

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